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2026年08月12日

「片づけなさい」と言う前に、私が子どもから教わったこと

片づけ NEWS ブログ

「片づけなさい」と、喉もとまで出かかったことはありませんか。

散らかりは、こわれた跡ではなく、育っている跡なのです。

そう気づいてから、片づけを教えることは、子どもへの小言ではなく、

物との付き合い方をひとつ手渡すことなのだと、思うようになりました。

今年の夏、SNSで「片づけなさいって言う前に」という連載を書きました。

子どもの成長を、物を通して見つめた、全10回のシリーズです。

 

 

書き終えて、あらためて思うことがあります。

片づけは、しつけの前に、まなざしなのだと気づかされました。

床いっぱいに広げたおもちゃ。

「全部だいじ!」と言って、ひとつも選べなかった日。

「全部だいじ」は、選ぶ力の芽が、いま顔を出しているだけなのです。

わがままに見えても、その顔は真剣そのものでした。

 

引き出しの奥から出てきた、丸めた画用紙。

手放せずにいるのは、子どもではなく、親の方なのです。

 

玄関にごろんと転がったランドセル。

放り出されたランドセルは、がんばった一日の、置き土産。

 

子どもはもう大人になりましたが、あの頃を思い出すと、

「片づけなさい」より先に、「おかえり」の言葉が出ていたように思います。

見えないところに押し込んだだけで、「片づいたね」と言ってしまったこともあります。

 

片づけができないのではなく、まだ教わっていないだけ。

どこに、何を、どう仕舞うのか。

一緒に決めて、一度だけやって見せる。

それだけで、次に片づけるときの、小さなヒントになっていくのです。

 

夏休み、絵の具も定規も出したままの机の上。

机の上が途中なのは、夢中だったその続きがあるからです。

サイズアウトした服をたたみながら、少しさびしくなったこともあります。

 

成長は、手放しの連続です。

さびしさごと、見送っていい。

今はそう思えています。

そして、あることに気づきました。

 

片づけは、教えるのではなく、見せて伝わるものです。

 

玄関の靴のかかとを揃える。

使ったマグカップは、その場で洗う日も、置きっぱなしの日もある。

そんな何気ない動きの隣に、いつも子どもがいました。

 

いつか、子どもが家を出ていく日が来ます。

学習机の上には埃が積もり、クローゼットには制服が、まだ掛かったままかもしれません。

愛おしさの名残が、まだこの部屋に、漂っているようです。

 

全部を今すぐ片づけなくていい。

引き出しをひとつだけ、開けてみるところから、始めていいのです。

床いっぱいのブロックも、サイズアウトした服も、形を変えながら、この散らかりはずっと続いてきました。

 

あの散らかりを重ねてきた日々が、いつか、この子自身の暮らし方として育っていきます。

片づけは、教育の成果ではなく、暮らしの背中で、子へ手渡っていくものなのだと思います。

 

今日、あなたの家にも、片づいていない場所があるかもしれません。

その奥にある育ちを、今日だけは、一緒に見てみませんか。

 

【よくある質問】

Q. 子どもが片づけられないのは、しつけの問題でしょうか。

A. 多くの場合、しつけの問題ではなく「まだ教わっていない」だけです。

どこに、何を、どう仕舞うのかを、一緒に決めて、一度だけやってみせるところから始めてみてください。

 

Q. 片づけは何歳から教えればいいですか。

A. 決まった年齢はありません。

「全部だいじ」と選べない時期も、見えないところに押し込む時期も、それぞれ育ちのサインです。

年齢よりも、今その子が何を練習しているところなのかを見てあげることが大切です。

 

もう少し話を聞いてみたい方は、ぜひセミナーへ。

子どもとの片づけについての個別のご相談も承っています。

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